2014年7月1日火曜日

【MR-e=?】2014年6月30日

製薬企業での採用例が急速に増えているという、某IT企業の製品カンファレンスを聴講してきました。

グローバルで頻繁なサービス更新や、実際の製薬企業導入例も提示され、かなり面白い内容でした。
初代iPadの登場以降、この4年間でデバイス自体の改良が進み、各種アプリや営業支援システムも高度化しており、皆さんにも会社支給のタブレット端末があるかもしれません。

公私でスマホを使いこなすMRも増えているわけで、製薬企業におけるデジタル情報源の端っこは、訪問しているMRの手の中、という驚くべき段階にまで達しています。

管理人が連載を書いているMonthlyミクス編集部でも、しきりに"MR+e”というコンセプトを用いています。
経験を積んできたリアルなMRに、情報端末のeを合体させれば、既存のMR活動を高度化&効率化でき、顧客満足の向上や処方獲得につながるという発想です。

ところが、今回のようにIT企業が展開している各種eサービスや導入事例を医師として眺めてみると、MR活動をサポートするというよりも、MRの立ち位置を侵食している印象のほうが強くなります。

近未来において人工知能が予想以上に発達したら、SF映画のごとくバーチャルMRが顧客の人気を得て、訪問型のリアルMRの行き先が無くなるのでは?と本気で空想するほどです。
その場合、コスト効率からは「リアルMR<e」という図式になり、バーチャルMRの顔や声についてはMR君に多く登場する綺麗な女性タレントを登場させれば、それなりに活用できるような気がします。

AppleのSiriが徐々に進歩している事実などから推定すれば、夜間には代理のアバターMRを稼働させておいて、リアルMRは完全オフラインになるという利用法も不可能ではないでしょう。
留守番電話ならぬ、"アバター留守番MR"がそう遠くない時期に登場するかもしれません。

さて、電子的な情報提供がこのまま発展していく場合、リアルな人間が持ち時間内に情報提供できる事柄と、インターネット経由の情報がどんどん近似するわけです。
MRとeが同様の情報価値を持つと考えれば、運営コストが高まるMR+eの足し算ではなく、コスト削減を想定したMR-eの引き算が何を指し示すのかに注目しなければいけません。

なぜなら、各製薬企業にとって営業部門は固定費の代表格であり、主力製品のヒットが生まれにくくなれば、コスト圧縮を図るしかない。

日本市場は対面商売が主力となってきたことから、より低コストで確実に実現できる宣伝手段を追究するしかないのです。
この場合、MR-e=が指し示す計算結果は、各MRの見識や担当施設で大きくばらつくことでしょう。
差異の大部分が表すのは、人間性や共感、顧客との信頼感といった抽象的な内容になります。
真っ向から否定はされないけれども、確固とした価値かはMRにも顧客にも分からない、大きな揺らぎを内包した要素です。

製薬企業が多くのMRを自社コストで抱えてきたのは、このMR-eを、重要な"販売力の一環"であるという認識を保持してきたことに拠ります。
経営陣が右肩上がりの時期を経験していれば、かつてのeは限りなく小さな価値であったし、MRがとても大きな価値を果たしてきたと直感で理解できる。
だからこそ、MRを削減するというコスト圧縮策については、大胆に踏み込めなかった面があります。





でも、eが劇的に高速化し、配信できるデータ量がひたすら増え続ける現在では、いつか標準的なリアルMRが持ち運ぶ事項を上回るはずです。
(そこには疑似人格が加味されて、eなのに人間っぽくなっているかもしれません・・・)
人間と異なって移動や待機にコストや疲労が発生せず、大多数の顧客に狙ったコンテンツを届けることができるeが、最低限だけでなく最上限の情報提供手段になる日が来るかもしれないのです。

となれば、MRや元MRが会社内に導入されているe媒体について興味を抱かないのは、ビジネスパーソンとして今後に直面する困難を意識できていないのと同じです。

多くの産業では、人間が担っていた事項が機械化されたり、電子化されてきたことで、残念な失業や廃業を生み出してきました。
管理人のような医療専門職にも同様の厳しい時期が訪れるのでしょうが、感情や信頼を表現するのに患者と「人間的な接触」が残されており、eが代替するのは少し先のことかもしれません。

知識職であっても業界規制が厳しく、無味乾燥な言動を行っているMRは、MR-e=の自己価値を見失い、給与に見合った販売額を上げていると評価されなくなる。

先述のIT企業が提供しているサービスに、各種定型文を用いたメール配信サービスがあるのを見て、管理人はふと思いつきました。

現在の担当MRたちが送ってくるメールが型通りで面白味がなく、いたって事務的だからです。
そこには昔のような人間くささや親しみやすさは薄く、プロモーション上の制限もあって、いかにも用件だけの定型文っぽさがにじみ出ている。
返信する管理人も(診療業務が忙しいことも原因ですが)、感情抜きで、いたって平凡な事務メールを書くことになります。
eの進歩は、使いこなすMRの手抜きではないまでも、MRの人間ならではの価値を侵食しているような気がしています。

いつかはeがすべてを効率的にこなしてくれるのでしょうが、人間同士が出会う面白さやひらめきがないMR活動が、何を指し示すのかは自信が持てません。
こうした話すら、5年後には忘れられているかもしれません。

それほど、MR-eの意義を各MRが見つめるべき時期ですし、外部ベンダーが開発しているeについては、大きな脅威を感じるのでした。

皆さんも、会社支給の端末をライバル視しなければいけない状態にならないよう、今から考えてみてはいかがでしょうか?

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