2015年5月20日水曜日

【7年前の提言から】2015年5月18日

2015年5月15日に発表されたMR意識調査報告書(MR認定センター)の記事を読み、2008年の自らの発言を見直してみました。
 https://www.mixonline.jp/Article/tabid/55/artid/51552/Default.aspx
Monthlyミクスでの対談記事ですが、管理人が体験していた当時と現状に、どれほどの変化が生まれたのかが気になります。

(以下、抜粋)
MRの存在が何たるかについては考えるきっかけもなかったのですが、市中病院に赴任した3年目以降、臨床現場で専門科医師として本格的にMRとかかわるようになりました。
そして通例の出待ちや講演会などでMRと話をしていくうち、最も驚いたのはMRが医師という存在に対して予想外に知識不足であるということです。
我々のような臨床医は常に患者さんを診療している立場ですし、その人生に病気を経由して深くかかわっている。
一方、MRは医療機関外では医師の一番身近にいる職業で、患者さんの身体に直接的な影響がある製品を扱っているにもかかわらず、業界内でのシェア争いだとか、得意領域の売上げ伸長を図るだとか、気がつかないうちにビジネスライクな部分が大きくなり過ぎてきたのではないでしょうか?
当初はこれほどMR業界が各社とも同じような体質を抱えていることが分かりませんでした。
しかし他の病院に転勤してからも、出会うMRが共通の守旧的な難題を抱えている。
もしやこれは業界全体の構造的問題ではないかと、個人的に強い違和感と憤りを覚えるようになりました。
真面目に医療に貢献したいと願うMRであっても、会社組織の目標に合致した結果が出せなければ、つらいストレスを受け続けます。
素晴らしいと思うMRが途中で頓挫したり、退職していく姿を何人も見てきました。
こういった経験から、MRを職種とする方々にもっと医療に対する知識、医師に対する理解を深めていただきたいと思うようになりました。
そうすれば全てではなくても、日々現場に出ているMRが、医療界への理解が不十分なために解決困難な状況に陥ることを、少しでも回避できるのではと考えています。
医師の方が現場で常に患者さん、実際の症例を見ていますので、どうしても医師の持っている医療知識や疾患に対する理解度は、MRと比較すれば差が生じてしまいます。
しかし医師はMRに対して、その企業の製品の効果や問題点を素直な意見として裏表なく聞いてみたいという欲求が高いはずです。
実際に自分が使用するとき、根拠や機序が不明瞭なままであれば、医療行為そのものに対して自信が持ちにくくなります。
反対に、明確な裏づけがあるのであれば、医師としての選択に納得がいくものです。
MRという職業は頭を下げ続けて新規処方や製品使用をひたすらにお願いするのではなく、医師側がそれについて意図せず話し出してしまうような、意見交換の呼び水となる意義深い問いかけをするべきでしょう。
単に当社の宣伝広告の一環として参りました、では厳しい医学的判断を迫られる医師からはきちんと信用してもらえるはずもない。
また、私が痛感するのは医師とMRの関係が長年の業界慣習を引きずったまま、非常に曖昧なんですね。
双方ともに確立した面会の約束事もありませんし、将来的にもどういう風に関わっていこうかという方向性もない。
しかも世界的な製薬業界の再編劇の中、各社が生き残りを図るのに努力しているうちに、現場での一番密接な意思疎通がないがしろになってしまった。
MR側からすると、プロパー時代から脱しようとビジネスライクな話が膨らんでいった結果、期待していなかった現在の状況に陥ってしまったのではないでしょうか。
そろそろお互いの関係性がどうあるべきかについて真剣に考えるべきですし、とくにMRからの取り組み方を変えていく必要があります。
このままでは、MRは何十年も廊下で医師を出待ちする状況から抜け出せません。
医師側からも変化していく必要性がありますが、世代や地域によって抱える状況が非常に複雑です。
全国にネットワークが構築されているMR側から変化していく方が早く現状改革を達成できると私は思っています。
私個人の意見としては、やはり両者が着席して、膝詰めできちんと話をするべきだと思います。
そのときに客観的な世界的エビデンスであるとか、いろいろな製品開発の潮流を示してくださることは、現場ばかりを気にしがちな医師にも新しいことを気づく非常に良いきっかけとなりえます。
双方が着席して対面する場合には質疑応答も含めて、おそらくMR1人当たり10分間は必要だと思います。
診療や研究に多忙な医師であれば、きちんとした面会ができるのは1日で2~3人が限界ではないでしょうか?
さらにこれはまだ難しい課題ではありますが、医療機関が医師の診療業務の中にMRと面会する時間を規定してみるのも面白いと思います。
勤務時間外だとプライベートな時間を占有することになり、家庭との両立を目指す医師からは夜遅い時間に始まる講演会は敬遠されがちです。
またMRにも勤務負担が重くなってしまいます。
たとえば昼食の時間には双方がお弁当を持ち合って決まった場所に出向き、散会するまでは自由に話をするといったシステムを、医療機関が組織の決まりとして設定してしまう形も良いのではないでしょうか?
こういった「パワーランチ」のような新しい商習慣を日本でも作ってしまえば、それはまた興味深いものになると思います。
情報交換にはお酒がなくとも、共通の関心という肴があれば医療についても、意外と盛り上がって話せるものですよ。
訪問意図の明らかでないMRの来院が五月雨式に続いた結果、医療機関側からはどんどんと門を閉じられてしまい、現場のMRは狭くなった門をなんとか潜り抜けようとしている状況だと思います。
小久保さんがさきほど述べられたように、MR個々人にあれこれ改革を担わせるのは負担が重いのです。
でも会社のスローガンとして「私たちは医療界で貢献し続けたい、そのためには新たにこのような取り組みをしていきます」と大きな旗を立てれば、私たち医療者側も「新しいことを始めるのだな、どうするんだろう?」と自然に反応すると思うのです。
横並び意識が強くなると、突出した行動はしにくいものですが、誰かが始めれば皆が続く可能性もあります。
 
医師向けだけ、といった限定的な言い回しは患者さん、つまりは世間の了解を得られにくいのです。
製品の宣伝ではなく、医療に関わる会社としての明確な信条やトップの考えを率直に述べればよい。
安易なお役立ちノベルティを不規則に配るよりも、パンフレット1枚、それを書いて配ってもらった方がよほど医師にはインパクトがあります。
たとえば「当社としては今回の新製品の発売にあたり、MRは医師と少なくとも最低15分間の面談すべきと考えています。それは副作用情報、治療実績、論文報告などを担当MRがすべて説明するのに最低10分はかかると思うからです。先生のご質問にお答えするには最低5分はかかると予想されます。ですから我々にアポイント時間を15分ください」と、会社名で往復はがきなどをターゲット医師に出せばよいのです。面会の意図が非常に明確になります。
もちろん医師から無視されることもあるでしょうが、「あなたの会社の製品○○に興味があります。担当のMRがいらした時には、何とか約束どおり15分を取りますから、まず全国基準で提供している情報を教えてください」といった医師からの反応も出てくると思うのです。
そういった面談をしている医師を目撃した場合、やはり同業者のことは気になる。
他の医師にも同様のアポイントが取れる確率が上昇します。
こういった活動を展開していけば、MRはまさにプロであることを情報提供の現場で証明する機会が生まれます。
さんざん廊下で出待ちしてお願いするより、はるかに高度で難しい面談になりますね。

どこかでMR不要論というのを見たことがあります。
製薬・医療機器企業が抱えるMRの人件費が、結果的に国民医療費に含まれているので増大する医療費削減のためにはMR数を減らすべきだという意見もあります。
たしかに金額だけで考えれば、MRは世間でも高給取りと言われていますので、あながち間違いではないのかもしれません。
しかし、Monthlyミクス1月号のアンケート(「MRの適正な人数についてどう思われますか」、P17)を見ても、回答した医師側からこんなにMRの人数はいらないという結果が出てくること自体が、私は非常に危機的状況だと思うのです。
全国で5万人を超えるMRが多いか少ないかは、本来決めようがないでしょう。
アンケートでそうした結果が出たとしてもが、正確な実状がどうかというのは評価のしようがありません。
ただ、MRが不要であるとか、人数が過多であるという感想が出るということは、おそらく各年代の医師の中に強い不満があるからではないでしょうか。
そこで「こんな状態であれば人数は必要ない、MR数は半分でもいいのでは」といった極端な発想まで出てくる。
私たちが新しく赴任した地域に関して、医療機関の情勢を含めて精通している担当MRがいれば、これは製品情報以上に有用です。
それに医薬品情報が加われば、とても頼りがいのあるパートナーになり得る。
医療界というのは非常に複雑な構成となっていますので、その中で働いていくには情報も重要なわけです。
しかし担当交代の多い社では、MRは1年も経たずに次々に転勤していく。
毎年4、10月は担当者交代のあいさつがひっきりなしの状態ですし、転勤と一緒にMRが所有していた地域情報まで遠くに移動してしまう。
退職されれば、もはや情報を復元しようもありません。
企業の業績が良くなり、景気も回復基調で余裕ができると一気に新卒を採用する。
ところが少し悪くなると、企業側の判断で大胆に削られてしまう中堅MRが多数出てしまう。
年代や男女を問わず、MRは退職や他社・異業種への転職も多いような印象を受けます。
最近、若いMRの会合で話していると、計画的に途中で辞めようと思っている人が意外と多いことに驚かされます。
何十年も誇りをもってMRでいたい、という気持ちが現実の前にくじけてしまうのでしょうか、そうだとすれば非常に残念です。
「せいぜい行けるのは、あの地位までかな。もっと上に行きたいのに、すぐに天井が見えてしまう」と若手MRたちから、ある意味見くびられてしまっている。
職業的な自己発展であるとか、キャリアとしての向上であるとかが非常に分かりにくいと、早期に見切りをつけられてしまい、MRの地位を廊下の壁際に追いやってしまいます。
新人MRが入社した4月の段階で、
「医療の入り口に近づく術をきちんと身につけなければいけない。MRとして入ってきたからには、医療界は非常に厳しい結果を求められる現場であり、学生からの段階では冒頭で潰されるような感覚にならざるをえないこと」
「医療は非常に特殊な要因が関わる世界であり、諸事情が絡んで個人では解決しづらい問題が多いこと」
「社会人として2、3年で全てが分かるわけではない、第2新卒を安易に考えるべきではないこと」などを、あらかじめ大人として企業側が教えてあげるべきではないでしょうか。
医師という専門業種に真正面から対面しなければならないMRほど、曖昧さが許されない厳しい職業は少ないものです。私は、MRという職業を経験することは自らの社会的な能力を伸ばすきっかけになるということを、業界としてもっと大きく打ち出していくべきだと思っています。
患者さんの命が関わっている以上、失礼な態度や適当さが許容されない世界ですので、新卒採用に意欲的な企業のトップは、入社式で
「よく我が社に入ってくれた。君たちはこれから社会の中で自立した大人になるためにこの会社にいる。医療というのは混沌にあふれ、多くの人生に深く関わり、そして何よりも誠実でなければいけない世界だ。これから、MRという職業を通じ、君たちは社会の中での責任を果たし、成熟した大人になっていくのだ。まだまだ業界が抱える難題はあるが、私は君たちと一緒に解決していきたい。」
ということを胸を張って語るべきでしょう。
そういった、社会の中でいかに貢献してきたか、あるいは難しい問題を抱えているかをきちんと隠さずに話すこと。
これが売り上げ規模や美辞麗句を並べるよりも、人間らしくて素晴らしい発想であると思いますね。
MRを取り巻く世界というのは、これから変えていける余地が多いのです。
あとは実際に踏み出して改革していけるか、そこに共感できる思想があって皆が呼応して動き出せるかという点にかかっているのです。

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